NOTE

〓筋トレの方向性(独楽と求福)

25.大学1年全日本1967436.私は、1987年12月26日、東京から長崎へ戻って、翌年の1988年3月3日に、県庁所在地の長崎市江戸町にあるビルの3Fで、マルヤジムをオープンしました。
 
東京を離れるに当たって、大学関係者、サンプレイの宮畑豊会長や現東京大学大学院教授である石井直方先生、お付き合いいただいた方々から、励ましのお言葉をいただきました。
 
その中には、元早稲田教授の窪田登先生もいらっしゃいました。
 
窪田先生は、初代NSCAの理事長をされた方で、それまでボディビルのバイブルになる書籍も上梓されています。
 
当時、全日本学生ボディビル連盟の理事長もされていて、大変お世話になっていました。
 
私が1年生時、全日本学生ボディビル選手権に出場し、9位の入った時から卒業するまで、出場した開会の審査委員長を務めていらしたように記憶しています。
 
学生大会では、終了後控室に集まって、審査委員を含めて反省会を行っていました。
 
出場した選手や関係者は自由に参加でき、審査員の皆様に質問することもできました。
 
また、審査員の方々も自由に、感想や意見を述べられていたように思います。
 
その度に、窪田先生には貴重なアドバイスをいただきました。
 
「高西君、腕を見せてもらっていいですか?良い形をしていますね」
 
そのようなことを言われた記憶もあります。
 
長崎へ帰るに当たり、『独楽(こま)』と『求福』いうお言葉を、色紙でいただきました。
 
『独楽』には、
コマのようにいつまでも周り続け、独りでしっかりとやっていけますように、
 
『求福』には、
筋肉づくり(筋トレ)で、人々が求める幸せづくりに貢献できますように、
 
というような、窪田先生の思いが込められていました。
 
これらのお言葉に添えて、
「筋トレは確かに素晴らしい運動ですが、地方ではそれを伝える人が非常に少ない。筋トレの普及・発展のために頑張ってください」
 
というメッセージをいただきました。
 
『独楽』には、私の立ち位置が
「筋肉づくりであること」が示されています。
 
『求福』には、私が果たすべき役割が
「幸せを求めること」であることを言われています。
 
私は後年、これらのことを基にして、
マルヤジムにおいては、
「筋肉づくり(筋トレ)で、幸せづくりのお手伝い」という使命を打ち出すことができました。
 
私個人としては
「あらゆる人に、筋肉づくりの楽しさを伝える」ということで、使命を果たしたいと思うようになりました。
 
写真:
1976年
全日本学生ボディビル選手権大会の私
後方は東大の石井直方先生
 
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マルヤジム 会長
ストレングス・トレーニング・マスター
TAKANISHI FUMITOSHI
髙西 文利
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